
この商品の詳細
- 出版社
- 恵雅堂出版
- 出版社シリーズ
- ISBN
- 4874300657
- サイズ
- 単行本
- 発売年月日
- 2025年02月01日
この商品の紹介
日露の狭間で生きた一族四代にわたる物語。近藤繁司(しげし)は、近藤林業公司とホテル・ニューハルビンの経営によって満洲で最も名の知られた実業家だった。終戦後、ソ連軍の監視下におかれた繁司は、1948年ハルビンの街頭で姿を消し、行方不明のまま今日に至っている。本書は、その孫になる著者が、四代にわたってロシアと関わり続けた一族の歴史を豊富な資料と写真によって物語る。曽祖父は、日露戦争勃発時の居留民引揚げに活躍したウラジオストク居留民会の初代会長川邊虎(たけき)だった。繁司はこの虎に見込まれ女婿となり、これを後ろ楯として「商船組」(港湾・海運業)を起業し「シベリヤ出兵」特需で財を成した。しかし1922年ソビエト政権成立以降はソ連政府からウラジオストク退去を執拗に迫られ、ついに満洲国建国の1932年に繁司は追い出されるようにしてハルビンに拠点を移し、関東軍の要請により東清鉄道沿線の北満の広大な林区(四国の面積に匹敵)の伐採権をロシア人経営者より買取り「近藤林業公司」を創業した。「コンドフカ」(近藤村)はその林区の一つにある伐採地のことで、ここに働く白系ロシア人(革命を逃れて極東に流れてきたロシア人)たちは、繁司に対する尊敬と親しみからこの村をこう呼んだ。繁司の甥だった著者の父親高橋誠一は、繁司に後継者と期待され近藤林業に入社し、さらに繁司の長女でいとこにあたる清子と結婚するが、営業の最前線で責任者として関東軍との折衝に神経をすり減らし、1937年著者一歳の時に病没した。その同じ年、繁司はやはり関東軍の要請によりハルビンの超一等地に豪華ホテル「ホテル・ニューハルビン」を建設・開業し、繁盛させることになるが、ここでも繁司はロシア人を多く雇用した。繁司の起業は常に国策に沿ったものであったが、それにもかかわらず「商船組」も「近藤林業公司」も関東軍から理不尽な扱いを受け続けた。繁司は無実無根の「通匪、通ソ」(匪賊、ソ連との内通者)の疑惑までかけられ、家族たちもその噂に苦しんだ。一家が日本に帰国したのは戦後8年もたった1953年のことであったが、帰国後、著者もまたソ連、ロシアと関わる人生を歩み出す。
コンドフカ/単行本